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津地方裁判所 昭和31年(行)6号 判決 1956年11月19日

原告 青木大二郎

被告 三重県社会保険診療請求書審査委員会

主文

原告の本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告委員会が昭和三十一年九月二十二日附通告書を以つて原告に対して発した、同年十月九日午後二時より四時までの間に被告委員会に出頭すべき旨の命令はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は健康保険医であるところ、三重県社会保険診療報酬支払基金事務所に昭和三十一年七月分の保険診療報酬請求書を提出した。

然るところ、被告委員会は右請求書記載事項の内、或一人の臀部陳旧性膿瘍患者に対する分につき「膿瘍の剔出とは?」という趣旨の注意書を附し、恰もその処置が妥当でないかの如き意見的質問をなし説明を求めて来たので、原告は折返し「右請求書の記載は医師ならば直ちに判る筈だが、医師でない者が審査しているのではないか、旧い膿瘍で厚い結締織により囲まれた部分はこれを剔出しなければ治癒しない。この様な学問の初歩を知らずして審査している貴殿は一層勉強して欲しい」との趣旨を記載した書面(説明書)を送付したところ、被告委員会は原告が右病症に施した剔出処置の妥当性を承認するに至つたが、原告の記した右文面が被告委員会を侮辱するものなりと憤慨して、原告に出頭を求め来つたので、桑名医師会正副会長佐藤一男及び渡辺猛が原告のため被告委員会長村瀬幹雄に面接したところ、同人は「被告委員会においては右膿瘍の治療法の妥当性を承認したが、曩に原告の提出した説明書中に被告委員会を甚だ侮辱した文言があつたから、原告をして陳謝せしめる目的で出頭を命じたのである」旨釈明した。

二、然るに被告委員会は更に昭和三十一年九月二十二日附通知書を以つて原告に対し「原告提出の臀部陳旧性膿瘍に関する診療報酬請求につき昭和三十一年十月九日午後二時より四時までの間に被告委員会に出頭すべき」旨の命令を発した。

三、然しながら右出頭命令は、三重県知事の承認を得ていないし又被告委員会の適法な決議を経ずして、原告に私怨を抱く基金事務所職員その他二、三の委員の話合によつて発せられたものであるから、いずれの点から云つても違法である。仮りに然らずとするも、右出頭命令は、真実診療報酬請求書の審査をするためではなく、原告の前記説明書に関し原告に陳謝を要求する目的を以つて発せられたものであるから、かような不当の目的のために発せられた出頭命令は違法である。なお被告委員会の発した右出頭命令は権利の濫用であり、原告の自由権を侵害するものである。

四、以上の如く本件出頭命令は違法のものであるが、三重県社会保険診療報酬支払基金においては、社会保険診療報酬支払基金法第十四条の四により、原告に対する診療報酬の支払を本件出頭命令の適否にかからしめているから、原告としてもこれを黙過し難いものである。

五、よつて本件出頭命令を取消す旨の判決を求めるため本訴請求に及んだ。

と陳述した。

被告訴訟代理人は、原告の訴を却下する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、本案前の答弁として、被告委員会の業務は三重県社会保険診療報酬支払基金の業務として行われるものであり、右基金事務所の業務に関しては右基金の幹事長が裁判上及び裁判外の行為をなすことになつているから、被告委員会は民事訴訟法上当事者能力がなく、仮りに当事者能力があるとしても本件訴訟においては正当な当事者たる適格を欠くものである、と述べた。

理由

社会保険診療報酬支払基金法第十三条及び第十四条によれば社会保険診療報酬支払基金(以下単に基金と略称する)は診療担当者の提出する診療報酬請求書を審査するために審査委員会を設置するものであることが認められるから、被告審査委員会は三重県社会保険診療報酬支払基金の機関として設置せられたものであることが認められる。

右法律第十四条の三によれば、審査委員会は都道府県知事の承認を得て当該診療担当者に対し出頭及び説明を求め、報告をさせ又は診療録その他帳簿書類の提出を求める権限を有することが認められ、この権限は基金の幹事長の有する権限とは別個な独立した権限であることが認められるけれども、右基金法全体の趣旨に徴すれば基金は国の行政事務を行う法人ではなく、単に健康保険法等による診療担当者に対し、診療報酬を適正、円滑、迅速に支払う目的を以つて設立せられた法人であると解せられるから、基金は行政事件訴訟特例法第一条にいう行政庁ではないものといわなければならず、従つてその機関である審査委員会も右特例法第一条にいう行政庁に該当しないものといわなければならない。

然らば被告審査委員会に対する訴については行政事件訴訟特例法の適用がないから被告委員会は右特例法第三条による被告適格を有しないものといわなければならず、又民事訴訟法によれば法人の機関は法人と独立して当事者能力を有しないことが明らかであるから、本件訴訟を民事訴訟と解しても被告委員会は当事者能力を有しないものといわなければならない。

然らば原告としては須く基金を被告として、その機関である審査委員会のなしたる行為の効力を争うべきであるといわなければならない。

よつて本件訴は不適法としてこれを却下すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用したうえ主文のとおり判決する。

(裁判官 松本重美 西川豊長 喜多佐久次)

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